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2011年4月 8日 (金)

楽陽軒のひょうちゃん

Photo 先日拾った楽陽軒のひょうちゃんタイプの醤油差し。老眼鏡をかけていなかったこともあって、山田さんの鎌倉リポートで教えていただくまで、うかつにも「楽陽軒」だとはまったく気づきませんでした。楽陽軒のひょうちゃんタイプの醤油差しについては、以前にnaoさんがピンクのものを紹介していらっしゃいます。

Photo_2 楽陽軒の醤油差しは、白とピンクのものが知られています。私は完品を拾ったのは今回が初めてですが、ピンクのものも欠片だけは以前に拾ったことがあります。でも、崎陽軒のひょうちゃんに比べると、白もピンクもかなりの貴重品ですね。

naoさんが書いていらっしゃるように、楽陽軒については、ずっと謎の業者さんでした。でも、私は以前から、気になっていた会社がありました。

Photo_3 それは、こんな焼売を販売している楽陽食品という会社なんです。これは鎌倉駅前のT急ストアで売っていたのですが、T急ストアではこれ以外でも特売の日に楽陽食品の別の焼売を売ったりもしています。楽陽軒と楽陽食品、なんだか関係がありそうではあ~りませんか。HPの楽陽食品の歴史には、横浜市戸塚区でドライブインを営業していたとも書いてあります。ますます匂います。

そこで思い切って楽陽食品の東京本社に電話してみました。すると・・・やはり楽陽食品の前身は、楽陽軒だったそうで、そのころ売っていたお弁当にこの醤油差しが入っていたとのことでした。

残念ながら、古い社員の方がいらっしゃらないとのことで、それ以上のことはわからなかったのですが、この醤油差しを入れたお弁当を売っていた楽陽軒が、現在の楽陽食品の前身であることは間違いないというご回答をいただきました。

楽陽食品の歴史によれば、創業が昭和38年10月とのことなので、「楽陽軒」としてこのタイプの醤油差しを入れたお弁当を売っていたのは、少なくともそれ以前ということになりますね。本家崎陽軒のひょうちゃん登場は昭和30年ですが、そもそも崎陽軒でこの形の醤油差しが登場したのは戦後だそうです。

Photo_4 横山隆一画伯が絵を描くまでは、崎陽軒では、このように「崎陽軒」という文字の入った醤油差しを使っていたようです。それを考え合わせると、楽陽軒の醤油差しの登場は、崎陽軒より早いとは思えないので、戦後、崎陽軒の陶製醤油差し登場後から昭和38年9月までの間に販売されたお弁当についていたと考えていいのではないかと思います。

だいぶ謎が解明できたかな~、なんて思いますが、いかがでしょうか^^

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